2011年2月12日土曜日

エジプトのムバラク政権が崩壊、軍が権力を掌握

エジプトのムバラク政権が退陣したようだ。

このところ、メディアでも盛んに取り上げられていたが、ひとつの転換点を迎えた。

チュニジアでのジャスミン革命に触発された若者が中心になって、ツイッターなどでデモを呼びかけた社会運動。1月25日からわずか2週間強で政権を追い込んでいる。

30年続いた独裁政権に対して、蓄積した市民の不満が噴出したようだ。

そして、この30年の政治は、アメリカとの関係を深化させて支えてきたものだ。今後の歴史的な大きな変換点となるという見方には、納得させられるものがある。そして、アメリカで成長したIT文化により急速に進展したのは興味深い。


ここ数日で様々な、メディアで聞きかじった歴史を連ねてみよう。

およそ、アラブとユダヤ、そしてアメリカの関係で物語られることが多い。そして、ユダヤ人により建国されたイスラエルと関連付けると、その展開と内包する問題がわかりやすいようだ。



自分たちの国を持たなかったユダヤ人が世界中から集まり、自らの国を作ったのがイスラエル。1948年の建国だ。この前後でかなり激しく民族間(宗教間?)闘争があったようだが、この土地は、もともとは、ユダヤもアラブも共存共栄を目指していたようである。この地域では民族的にはルーツを等しくしながらも、ユダヤ教を持てばユダヤ人といわれるらしい。そのため、特別に争うほどの民族的対立のエネルギーは生まれないはずだが、一部のユダヤあるいはアラブの原理主義者などがさかんに争点をフォーカスして争いを拡大しているようにも見える。また、世界からのユダヤ人の入植が急速だったことが、国内の価値観を多様化させ、先住民族と同胞のアラブ諸国の反感を買い、紛争が起こっている模様だ。

このような展開から、もともとアラブ人たちが住んでいた土地とする、エジプトをはじめとするアラブ諸国は、イスラエルと対立。行くたびも戦火を交えることになる。

エジプトは歴史的、地理的、文化的に、アラブの盟主だから動かざるを得なかったらしい。4回戦争している。

1973年第四次中東戦争でエジプトはイスラエルへの奇襲作成を成功させる。サダト大統領がこの奇襲作成を行い、世界を驚かせたが、この作成を指揮し、国民的英雄となったのは空軍司令官ムバラク氏。エジプトの土地を取り返す戦いに華々しい活躍を演じた人物として、国民の意識に刻まれる。

開戦当初はエジプトが勝利するのだが、イスラエルにアメリカが緊急援助し、停戦となる。

そしてアメリカとの協調路線へ舵を切った。180度の政策転換 反米から親米へと変わる。

停戦から5年後、アメリカのキャンプデービッドで元カーター大統領のリードで、和平合意が発表された。

エジプト国民は、イスラエルと戦い続けることを負担と感じていた。一方アメリカに歩み寄ることで、アメリカからの援助を受けることとなり、国民の生活も少しはよくなった。

アメリカ側にもエジプトと関係を深めたいという思惑があった。イスラエルの東に位置するイランの存在。

1979年、アメリカやイスラエルの友好国イランが反欧米主義のイスラム主義国家になった。同年、ソ連のアフガニスタン侵攻が行われた。ソ連の中東進出への防波堤となっていたイランが反米となったことに危機感を抱いた。

エジプトとの関係を深め、イランのかわりにエジプトをアメリカの足場にし、エジプトを使って中東各地に軍隊をおくることになった。

エジプトはアラブの英雄から一転、アラブの裏切り者として孤立。それとともに、急激な路線変更は、国民に戸惑いと反感を与えた。イスラム過激派のエジプト軍兵士によってサダト大統領ら6人暗殺事件がおこったことに象徴される。


そして、副大統領だったムバラクが大統領に就任。就任当時は、国民もメディアも盛んに支持したようだ。

しかし、ムバラク大統領は、秘密警察を使った強権的な手法で、反対勢力を取り締まり、政治基盤を固めていった。エジプトの情報省、アメリカのCIA、イスラムのモサドは、ムバラク体制になって強固になった。

アメリカは、毎年15億ドル以上の資金援助、合同軍事演習の実施を行うなど、ムバラク政権を支えてきた。世界屈指の軍事大国。中東におけるアメリカの代理人としての役を一翼を担うようになった。

東西冷戦が終わった後もエジプトの重要性はかわらない。冷戦終結後も、エジプトは湾岸戦争やイラク戦争で、イラクではなく、アメリカの同盟者としてアメリカを援助。エジプトは、西側諸国からアラブの優等生とみられてきた。

一方で、国内では広がる格差、認められない政治活動への不安が募っていった。

チュニジアでおきた革命の情報がエジプト市民の心に火をつけた。

急速に広がる反政府の動きに、アメリカも態度を変えて、「秩序ある政権移行は、平和的にすぐに行わなければならない。」などの大統領声明をだし、早期退陣を促した。

ムバラク大統領は、イスラム原理主義の政権が誕生しかねないとして、退陣を拒んだ。もちろん、アメリカにとっても、イスラム原理主義の圧倒的な政権が誕生することは避けたいはずである。

現在エジプト国内では、イスラム原理主義、ムスリム同胞団がもっともしっかりした組織を持っていると考えられている。

いずれにしても、不正腐敗の世を一掃して新しく時代を切り開くには、政治主導者の退陣が必要だと誰しもが考えていたのは間違いない。


新しい時代がスタートしていく。

今後アラブという民族性、アメリカとの関係、民主主義など、様々な思想の中でどのような方向に進んでいくのだろう?。

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