季節の移ろいとその時々の風物詩。 日本っていいな~、って、思えるそんな時を、記事にまとめてみようかな?と思いました。 なんとなく行動しているのに、意味を知らなかったり、あるいは、マナーを無視していたり・・・・。 記事にしてみると、意外に奥が深いものだと感心します。 一方、グローバル化する日本社会を意識して、国債時事もとりあげたいと思います。 自分磨きの一環として続けてみようと思います。
2011年1月26日水曜日
2011年1月16日日曜日
観劇 リア王
六本木の俳優座でリア王を観劇。
観劇という習慣はないのだけど、お誘いもあり行ってみることに。
と、どんな格好していけばいいのかちょっとためらう。正装というのも自分にはなじまないなあ。カジュアルだけど、ちょっといい感じのジャケットとタートルネックのシャツ、そして、ヘリンボーンの文様のズボン。ヨーロピアンカジュアルで訪れる。
観劇のマナー と一応ネットで検索してみたが、ま、そんな感じでよさそうだ。
六本木駅の6番ゲートをでると目の前が俳優座だ。
中に入り、ホールに入ると、そう大きなホールではない。舞台の人の顔がよく見え、感情がそのままつたわりそうなくらいの、ヒューマンスケールでいい感じのホールだ。
リア王は13:30-16:05で途中15分の休憩があった。
あらすじはWIKIPEDIAからの引用で以下の通り
このWIKIPEDIAのストーリに表現されていない部分がある。観た演劇でのストーリーについて補足すると、リアの二人の娘は、自らの自己目的な情愛から親に対する排他的な行動をとったあげくに、いきづまったところで自害する。つまり、この王族は血族として滅びている。
もうひとつのストーリがある。リアに仕えたグロスター泊の親子のストーリーだ。正妻の子(兄)と、愛人の子(弟)の二人の子がいる。弟は私生児というだけで、世間から不当な扱いを受けていることが気に入らず、兄をおとしいれて父の信用を失わせて、父の財産を独占し、その後は父を生贄にして、リアの娘たち(長女と次女)の寵愛を受け、出世への野心を燃やす。捨てられる父は目をえぐられ絶望の淵からやがては死にいたるが、その過程はその父に捨てられたはずの兄に支えられ、そして、その悲劇を生んだ弟への復讐は兄によって果たされる。
このストーリーが、リアのストーリとたくみに絡んでいる。
そして、一言一言が、とても美しい詩のような言葉だ。
これがシェークスピアか・・・・。すごい!。
ストーリーの悲劇も心をうつが、さらに、いくつかの要因で引き込まれていったと感じている。
ちょっと、いつもと違う異空間にいってみるならば、そして、もしかしたら日常の中で見落としている何かを発見しようと思うのならば、観劇って楽しめるなと感じた。
観劇という習慣はないのだけど、お誘いもあり行ってみることに。
と、どんな格好していけばいいのかちょっとためらう。正装というのも自分にはなじまないなあ。カジュアルだけど、ちょっといい感じのジャケットとタートルネックのシャツ、そして、ヘリンボーンの文様のズボン。ヨーロピアンカジュアルで訪れる。
観劇のマナー と一応ネットで検索してみたが、ま、そんな感じでよさそうだ。
六本木駅の6番ゲートをでると目の前が俳優座だ。
中に入り、ホールに入ると、そう大きなホールではない。舞台の人の顔がよく見え、感情がそのままつたわりそうなくらいの、ヒューマンスケールでいい感じのホールだ。
リア王は13:30-16:05で途中15分の休憩があった。
あらすじはWIKIPEDIAからの引用で以下の通り
ブリテンの王であるリアは、高齢のため退位するにあたり、国を3人の娘に分割し与えることにした。長女ゴネリルと次女リーガンは言葉巧みに父王を喜ばせるが、末娘コーディリアの率直な物言いに、激怒したリアはコーディリアを勘当し、コーディリアをかばったケント伯も追放される。コーディリアは勘当された身でフランス王妃となり、ケントは風貌を変えてリアに再び仕える。
リアは先の約束通り、2人の娘ゴネリルとリーガンを頼るが、裏切られて荒野をさまようことになり、次第に狂気にとりつかれていく。リアを助けるため、コーディリアはフランス軍とともにドーバーに上陸、父との再会を果たす。だがフランス軍は敗れ、リアとコーディリアは捕虜となる。ケントらの尽力でリアは助け出されるが、コーディリアは獄中で殺されており、娘の遺体を抱いて現れたリアは悲しみに絶叫し世を去る。
このWIKIPEDIAのストーリに表現されていない部分がある。観た演劇でのストーリーについて補足すると、リアの二人の娘は、自らの自己目的な情愛から親に対する排他的な行動をとったあげくに、いきづまったところで自害する。つまり、この王族は血族として滅びている。
もうひとつのストーリがある。リアに仕えたグロスター泊の親子のストーリーだ。正妻の子(兄)と、愛人の子(弟)の二人の子がいる。弟は私生児というだけで、世間から不当な扱いを受けていることが気に入らず、兄をおとしいれて父の信用を失わせて、父の財産を独占し、その後は父を生贄にして、リアの娘たち(長女と次女)の寵愛を受け、出世への野心を燃やす。捨てられる父は目をえぐられ絶望の淵からやがては死にいたるが、その過程はその父に捨てられたはずの兄に支えられ、そして、その悲劇を生んだ弟への復讐は兄によって果たされる。
このストーリーが、リアのストーリとたくみに絡んでいる。
そして、一言一言が、とても美しい詩のような言葉だ。
これがシェークスピアか・・・・。すごい!。
ストーリーの悲劇も心をうつが、さらに、いくつかの要因で引き込まれていったと感じている。
- 美しい舞台芸術。セット自体の美しさもあるが、光や人の配置などとてもきめ細やかだ。音もとても効果的に響いている。
- 役者の演技。劇の抱える複雑な心理を、感情と声と、そして先の舞台芸術がハーモナイズしていて、そのまま感情移入してしまう。
ちょっと、いつもと違う異空間にいってみるならば、そして、もしかしたら日常の中で見落としている何かを発見しようと思うのならば、観劇って楽しめるなと感じた。
ラベル:
催し物
2011年1月13日木曜日
2011年1月7日金曜日
苦しい時、心を救う言葉
社会では、デフレが進行。
経済は持ち直しているというけれども、なかなか将来への自身を回復できない。どこか懐疑的だ。
そんな時にも、自らに課題を課して切磋琢磨している人は魅力的だ。
ついつい弱気になってしまわないよう、先人のありがたい言葉をいくつか集めてみた。
尺蠖(しゃっかく)の屈(かが)めるは伸びんがため
《「易経」繋辞下から》将来の成功のために一時の不遇に耐えることのたとえ。尺蠖とはシャクトリムシ。シャクトリムシが前進する動きにたとえて、人の成長するための一時の状態と心得を表現したものだと伺える。
伸びる前の一時の試練がやがて花開くことを思う時のことを思えば、希望もわいてくるものだ。
渇(かつ)に臨(のぞ)みて井(い)を穿(うが)つ
《「説苑」奉使の「飢えて黍稷(しょしょく)を求め、渇して井を穿つ」から》必要に迫られてから慌てて準備をしても間に合わないことのたとえ。
慣用句の 「備えあれば憂いなし」 (常日頃から準備をしっかりしていれば、突然何かがあっても心配することはないこと。)と あわせて心得としたい。
兎を見て犬を放つ
このことわざの出典 新序
手遅れだと思っても、あきらめてはいけないことのたとえ。また、物事の状況をよく見てから対策を立てても間に合うこと。兎を見つけてから猟犬を放しても遅くはない。兎を捕らえることができる。失敗に気づいてやり直しても決して遅くはないことのたとえ。
転じて、間に合わないことのたとえにも用いられる。「兎を見て犬を呼ぶ」ともいう。
千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ(せんじょうの つつみも ろうぎの あなを もって ついゆ)
~韓非子の名言~
高い丈夫な堤防も、オケラやアリの掘った小さい穴から決壊するものだ。些細な小さな事にも油断してはならないという戒めの名言。
老子は「いかなる難事も容易な事から生じ、いかなる大事も些細な事から始まる。」と表現。
ラベル:
ことわざ
2011年1月6日木曜日
お正月に思う。
新年開けて、三が日も過ぎ去った。
おいしいものを食べてお酒も飲んで、ゆっくり。
そして、ちょっと太ったかな?
月日が経つのは早いものでいよいよ仕事本番。でも、待てよ。年々正月らしさが消えていっているような気がする。
正月、三が日は休日という感覚を持っているのだが、これはお役所の休みに準じて企業もそれ追随していたことによるらしい。
最近は、初商い1月2日としているところも多く、24時間コンビニなどの営業もあるせいか、そのような感覚が鈍っている。一斉に休んでいた頃に比べると、三が日の買い込みをしなくても、生活用品は手に入るので不自由しない。
一方で休むという感じも少なくなってしまった。どこか慌ただしい。
昔は、どうせどこいったって休みだから・・・・と言って、本当に日常できないような活動をしていたような気がする。
ここで少し正月というものを改めて考えてみよう。
ネットで 正月とは というキーワードで検索してみるといろいろな話がでてくる。
おいしいものを食べてお酒も飲んで、ゆっくり。
そして、ちょっと太ったかな?
月日が経つのは早いものでいよいよ仕事本番。でも、待てよ。年々正月らしさが消えていっているような気がする。
正月、三が日は休日という感覚を持っているのだが、これはお役所の休みに準じて企業もそれ追随していたことによるらしい。
最近は、初商い1月2日としているところも多く、24時間コンビニなどの営業もあるせいか、そのような感覚が鈍っている。一斉に休んでいた頃に比べると、三が日の買い込みをしなくても、生活用品は手に入るので不自由しない。
一方で休むという感じも少なくなってしまった。どこか慌ただしい。
昔は、どうせどこいったって休みだから・・・・と言って、本当に日常できないような活動をしていたような気がする。
ここで少し正月というものを改めて考えてみよう。
ネットで 正月とは というキーワードで検索してみるといろいろな話がでてくる。
正月は家に歳神様をお迎えし、祝う行事。その年の作物が豊かに実るように、また、家族みんなが元気で暮らせる約束をしてくれる。正月に門松〔かどまつ〕やしめ飾り、鏡餅を飾って歓迎する。
古くからの行事なのだが、そのような形式が広まったのは、江戸時代から庶民にも手軽に物品が手に入るようになってかららしい。
「明けましておめでとうございます」という言葉は、年が明け歳神様を迎える際の祝福の言葉だったのだが、神様への感謝の言葉を人々の間で交わすことにより、心から歳神様を迎えたことを喜びあったということだ。。
正月(しょうがつ、しょうがち)とは、各暦の年初のことである。
日本では、1月1日の元日のみを国民の祝日としているが、実際には少なくとも3日までの三箇日を「お正月」と呼んで、事実上の祝日と同じ状態となる。
旧暦(日本では天保暦、中国では大陰暦)の1月1日(立春前後)を祝う国もある。中国、韓国、台湾、ベトナムなど。
松の内という言葉があるが、15日までを指すことが多い。だが、7日まで、20日までとする地域もある。
正月に関連する言葉には以下のようなものがある。気長に整理していくことにしよう。
飾り物:門松、しめ飾り鏡餅
食事:御節料理・雑煮・屠蘇(とそ)・餅・七草粥・寿司・なます
お遊び:羽根突き・羽子板・凧・独楽・双六・福笑い・かるた・百人一首
初夢:仕事始め・初荷・初売り・書き初め・姫始め・大発会・大納会
行事:初詣・若水・四方拝・元日節会・恵方詣り・破魔矢・どんと焼き・左義長・お年玉・年賀状・鏡開き・小正月・年末年始・正月事始め
年の瀬、新年のあいさつを英文で
以下のフレーズをアレンジして。
This is the last Monday of the year.
Next time I speak to you, Year 20** will have started.
We take this occasion to thank you all for supporting us in 20**.
It's been always a great pleasure to have you with us.
We will take a winter break and be back on January **.
We want to continue to help you do **** and feel more comfortable with ***.
So please come back and join us again.
In the meantime, have a happy new year and enjoy your vacation.
This is the last Monday of the year.
Next time I speak to you, Year 20** will have started.
We take this occasion to thank you all for supporting us in 20**.
It's been always a great pleasure to have you with us.
We will take a winter break and be back on January **.
We want to continue to help you do **** and feel more comfortable with ***.
So please come back and join us again.
In the meantime, have a happy new year and enjoy your vacation.
登録:
コメント (Atom)