観劇という習慣はないのだけど、お誘いもあり行ってみることに。
と、どんな格好していけばいいのかちょっとためらう。正装というのも自分にはなじまないなあ。カジュアルだけど、ちょっといい感じのジャケットとタートルネックのシャツ、そして、ヘリンボーンの文様のズボン。ヨーロピアンカジュアルで訪れる。
観劇のマナー と一応ネットで検索してみたが、ま、そんな感じでよさそうだ。
六本木駅の6番ゲートをでると目の前が俳優座だ。
中に入り、ホールに入ると、そう大きなホールではない。舞台の人の顔がよく見え、感情がそのままつたわりそうなくらいの、ヒューマンスケールでいい感じのホールだ。
リア王は13:30-16:05で途中15分の休憩があった。
あらすじはWIKIPEDIAからの引用で以下の通り
ブリテンの王であるリアは、高齢のため退位するにあたり、国を3人の娘に分割し与えることにした。長女ゴネリルと次女リーガンは言葉巧みに父王を喜ばせるが、末娘コーディリアの率直な物言いに、激怒したリアはコーディリアを勘当し、コーディリアをかばったケント伯も追放される。コーディリアは勘当された身でフランス王妃となり、ケントは風貌を変えてリアに再び仕える。
リアは先の約束通り、2人の娘ゴネリルとリーガンを頼るが、裏切られて荒野をさまようことになり、次第に狂気にとりつかれていく。リアを助けるため、コーディリアはフランス軍とともにドーバーに上陸、父との再会を果たす。だがフランス軍は敗れ、リアとコーディリアは捕虜となる。ケントらの尽力でリアは助け出されるが、コーディリアは獄中で殺されており、娘の遺体を抱いて現れたリアは悲しみに絶叫し世を去る。
このWIKIPEDIAのストーリに表現されていない部分がある。観た演劇でのストーリーについて補足すると、リアの二人の娘は、自らの自己目的な情愛から親に対する排他的な行動をとったあげくに、いきづまったところで自害する。つまり、この王族は血族として滅びている。
もうひとつのストーリがある。リアに仕えたグロスター泊の親子のストーリーだ。正妻の子(兄)と、愛人の子(弟)の二人の子がいる。弟は私生児というだけで、世間から不当な扱いを受けていることが気に入らず、兄をおとしいれて父の信用を失わせて、父の財産を独占し、その後は父を生贄にして、リアの娘たち(長女と次女)の寵愛を受け、出世への野心を燃やす。捨てられる父は目をえぐられ絶望の淵からやがては死にいたるが、その過程はその父に捨てられたはずの兄に支えられ、そして、その悲劇を生んだ弟への復讐は兄によって果たされる。
このストーリーが、リアのストーリとたくみに絡んでいる。
そして、一言一言が、とても美しい詩のような言葉だ。
これがシェークスピアか・・・・。すごい!。
ストーリーの悲劇も心をうつが、さらに、いくつかの要因で引き込まれていったと感じている。
- 美しい舞台芸術。セット自体の美しさもあるが、光や人の配置などとてもきめ細やかだ。音もとても効果的に響いている。
- 役者の演技。劇の抱える複雑な心理を、感情と声と、そして先の舞台芸術がハーモナイズしていて、そのまま感情移入してしまう。
ちょっと、いつもと違う異空間にいってみるならば、そして、もしかしたら日常の中で見落としている何かを発見しようと思うのならば、観劇って楽しめるなと感じた。
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